優生学者たちは「人間の遺伝子プールの改善」に明らかに結びつく限定された方策を提唱している。「改良の対象を定義すること」や「何が役に立つかという判断を行うこと」は究極的には経験的な科学の観察の問題よりはむしろ文化的な意味での選択であり、優生学は多くの人々によって疑似科学であると見なされてきた。
優生学についての議論で最も中心的課題となったのは「何が有用な特性」で、「何が劣っているそれ」かといった「人間の遺伝子プールの改良」についての定義付けの問題であった。当然の如く、優生学についてのこの解釈は歴史的に「科学に基づいた人種主義」の色彩を帯びていた。初期の優生学は一般的に社会階級に強い相関があると見なされていた知能の因子に結び付けらた。多くの優生学者たちは人間の社会の改善に対する類推として動物の品種改良[2]からインスピレーションを受けている。異人種間の婚姻(特に白人と有色人種について)は一般的に民族純化の文脈において避けるべきことと考えられてきた。当時、科学的見地からの支持を取り付けたその種の考え方は、今日の発展した「遺伝学」においてもなお議論を引き起こす課題として存続しているのである。
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優生学はまた血友病、ハンチントン病のような遺伝病の根絶とも深いつながりを持ってきた。しかし、遺伝的欠陥のようなある種の要素をラベリングする様々な問題は今もって存在するのである。
何が劣っていて、何が劣っていないかに関する科学的なコンセンサスは存在しないし、それは社会または個人の選択を超えた問題である。